文・にゃん次郎/イラスト・みのり
これは、私が居候猫の茶トラと過ごした時の、思い出のお話です。
茶トラには名前が有りませんでした。居候猫で飼い猫ではなかったからです。
私の家の両隣も前も斜めも、ほとんどの家は動物が嫌いでした。
その為、近所への手前もあって、大っぴらに猫を可愛がるという態度は避けなければなりませんでした。
そんな状況でしたが、仔猫達が何故かうちに来る様になったので
可愛そうだからと残り物を時々あげる様になりました。
他の仔猫達は皆すばしっこいのに、何故か茶トラだけはノロノロとしていて、いつもご飯にありつけません。
そのうち、「茶トラだけは、とてもノラではやっていけないのではないか」と心配になってきました。
少し離れた所には猫屋敷の様になっている家も有るし、他の猫は何とかやっていけそうなので
うちでは茶トラだけにご飯をあげることになりました。
茶トラの兄弟達は諦めたのか段々来なくなりました。
茶トラはオスの割には体も小柄で、とてもおっとりした性格でした。
うちの家族にも慣れてきて、目が合うと、横目でこちらを見ながら爪研ぎを始めたりします。
母親が庭の木の枝を切ろうと脚立に登った時などは、「僕だって木登りは得意だよ!」と言いたげに
隣の木を母親の目線の所まで登っていって、母親のことをジッと見ていた、なんてこともありました。
そして優しい茶トラは、仔猫の子守も買って出ていた様で
自分のシッポで仔猫をじゃらして遊んであげたりもしていました。
ご飯も仔猫達の分を必ず残しておいたりします。
しかし、猫社会というのも人間社会と同じで、ただ平和に済まされるものではないらしく
茶トラが折角見つけたお気に入りの場所も、安心して休める所ではなくなってしまいました。
庭に有った小さな台の下で茶トラが昼寝をしていると、決まって2件先にいる飼い猫のシャムが襲撃をかけるのです。
シャムは自分のおうちが有るのに、執拗に茶トラをいじめに来ました。
突然「ギャーーーッ!」と茶トラが叫ぶので、昼夜を問わず、シャムを追っ払ってあげる日が続きました。
茶トラは可愛そうに、シャムにやられて、とっても痛そうに足を引きずっていることもありました。
そんな茶トラでしたが、うちの家族を見ると白いお腹を見せてコロンコロンしたり
喉を撫でたりブラシをかけてあげたりすると、とっても気持ち良さそうにしていました。
そんな時の茶トラは幸せそうに見えました。
チクワを小さく切ってあげた時には、コロコロ転がしたかと思うとポ〜ンと放り投げてみたりして
散々遊んで泥だらけにしてから食べてしまったり、見ている方もお腹を抱えて大笑いする始末でした。
茶トラはよく尻尾をピン!と立てていましたが,あまりにも力んでいるのか
尻尾を立てている時は大抵尻尾がビリビリと震えていて、そんな仕草は茶トラ独特のものでした。
自転車で出かけた帰り道に茶トラに会った時などは,「あっ!猫おばさんだ〜〜!」とでも思うのか
家まで必死で追いかけてくるのですが、最後の方では息切れしてしまってウ〜ウ〜言いながら走ってくるのでした。
猫のことは全然知らなかった私ですが、茶トラのお陰で、色々な事を教えてもらいました。
茶トラに会えなかったら、あんなに優しい猫がいるという事も知らないままだったのではないかと思います。
茶トラが来なくなってしまってから、もう何年も経ちます。
母親は、「弱いからきっと他の猫にやられちゃったんじゃないかしら..」と言っていましたが
私は、平和に暮らせる場所を見つけて、そこで幸せに暮らしていると思いたいです。
ノラの寿命は短いと聞きますが、今もきっとどこかで元気に
お腹をコロンコロンさせたりしている様な気がします。
またきっと会えるよね、茶トラ。
今度会えた時は、猫嫌いの人の目を気にしたりしないで、ギュッと抱きしめてあげるからね。