【黒猫】

文・ひょうたろう/イラスト・みのり

猫の絵


夏も過ぎ、秋風が吹きはじめた頃、真夜中に山に向かって急ぐ車がありました。

林道に入り、しばらく走った後、人気のまったくない所で車をとめ、

後部座席からダンボールの箱を取り出し、林の中へ置き、逃げるように走り去りました。



箱の中には一才位の雄の黒猫が一匹と、毛布の切れ端、キャットフードが残されていました。

黒猫は何がおきたのか分からず、月の光も届かない漆黒の闇の中で、

箱から首を出し、人の気配を捜すのでした。

いつまでも帰ってこない飼主に、あきらめて毛布にくるまったのですが、

聞いたこともない「ギー、ギー」という木々の擦り合う音や

「ヒュー、ゴー」という風の音に驚き、恐怖で体がこわばりました。

とても恐ろしくて、恐ろしくて、山麓の一点の明かりをめざして逃げ出しました。



やがて、夜も明け始め、風も止み、見渡す限りの田んぼと、りんご畑が続く麓に着きました。

稲穂が朝日を受けて黄金に輝き、木々には真っ赤なりんごが、たわわに実り、

始めての景色に見とれながら、その中にある一軒家にたどり着きました。

納屋があったので、中にはいり、高く積まれたわらの上で、やっと休むことが出来ました。

ほっとしたのも束の間、雌の三毛猫が現れ、「シャー」出て行けというのです。

喧嘩などしたこともない黒猫は、びっくりして外に逃げ、田んぼの畦にあった土管の中へ隠れました。

ここなら安全と思った瞬間、あまりの疲れに眠り込んでしまいました。

目が覚める頃には日も高く昇り、何で僕はこんなところにいるんだろう。

早く家に帰りたいと思うと涙が止まりませんでした。

土管から出るのも怖くて、中で「ニャーニャー」泣いていると、少女が覗き込んで

「どうしたの、何でこんなところにいるの」

と声をかけてきました。優しそうな少女に安心し、土管から出て少女の足元に座り、顔を見上げました。

少女は泥だらけになっている黒猫を、「かわいそう、お家でお風呂入れてあげる」と、連れ帰ったのです。



連れて行かれた家は、今朝の三毛猫のいる家でした。

庭先で収穫の用意をしていた少女の父親は、黒猫を見るなり

「どうした、その猫は、黒猫なんて縁起でもない、捨ててきなさい」と、

少女がどんなにお願いしても聞き入れてくれませんでした。少女は泣きながら、

「ごめんね、ごめんね」と、黒猫に謝りながら、見つけた時の土管へと歩き出しました。

近くの小川で黒猫の体を隅々まで洗い、土管の中へぼろ布を敷いてあげました。

「ここなら安心だからじっとしてるのよ、毎日ご飯持ってくるね」と言い聞かせ、

次の日から、朝ご飯が終わると、少女は隠れるように黒猫のもとへ遊びに行き、

トンボ捕りや、イナゴ捕りの競争をして遊ぶことが唯一の楽しみになったのです。



何日かすると、朝早くから農作業で忙しい父親も、毎朝ご飯の後に遊びに出かける少女を不審に思い、

仕事の手を休め、少女を捜しに行ってみると、家では決して見せることのない、

嬉々とした表情の少女を見つけたのです。それを見た父親は、仕事が忙しくて、

誰も少女の相手をしてやっていないことに気づいたのでした。

少女の前に姿を現した父親は、

「そんなに、その黒猫が好きなら家で飼いなさい」と、優しく言いました。

少女は、急に態度の変わった父親に戸惑う前に、

「本当、本当にいいの、お父さんありがとう」と言って、喜び勇んで黒猫と家に帰ったのです。

家に帰るなり、三毛猫の「シャー」の洗礼を受けたのですが、

少女に抱かれている黒猫はもう怖くもなんともありませんでした。

三毛猫とも仲良くなり、少女が留守の時は、三毛猫とりんご畑に行き、畑ネズミの捕り方を教わりました。



最近、畑ネズミが大繁殖し、りんごの木の根を食い荒らして、

少女の父親もほとほと困っていることを三毛猫から聞いたのです。

それからは、捕っても捕っても現れる畑ネズミを、二匹で捕り続けたのです。

やがて春が来て、二匹の間に子供が生まれ、少女は子供が一匹生まれる度に手を叩いて喜んでくれました。



全部で三匹が生まれ、その子たちにも畑ネズミの捕り方を一番先に教え、

五匹で畑ネズミがいなくなるまで捕りつづけました。

おかげで、りんごの木も蘇り、収穫も増えていきました。

毎年のように、不作だった米も、黒猫が来てからというもの豊作が続き、

少女の家には明るい声と、笑みの絶えることはありませんでした。




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